「なにか時間を無駄にしている」という焦燥感があったのは、明確な「夢」がなかったから。

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最近、森博嗣さんの『夢の叶え方を知っていますか?』という本を読みました。

この本は、「小さい頃から、自分の作ったおもちゃで遊ぶことが夢だった」と語る森さんが、森さんなりの「夢の叶え方」について書いている本です。

森さんは、すでに作家の職業から引退し、”多くの読者とは遠く離れた国(「寒い国」だと書かれている部分を見つけたので、おそらく北欧あたり、もしかしたら普通に長野県あたりかもしれない)”で隠遁生活を送っているそうです。

いまでは、自宅の広大な庭に「庭園鉄道」を建設し、自分が作った鉄道模型に乗って遊ぶ日々を送っていると記述してあります。また、執筆業も完全に引退したわけではなく、1日1時間までと決めて趣味の傍ら続けているそう。

ご自身は、「作家になること」自体は、夢でも目標でも、”なりたかった職業”でもなんでもなくて、「自作のおもちゃで遊ぶ」という夢を叶えるための手段に過ぎなかったとおっしゃっています。実際に、文中では作家業やそれ以前の大学での研究の仕事は「バイト」感覚だったと書いています。

子供のときに思い描いていた夢そのものだった。夢が叶った、と実感できて、とても嬉しかった。少なくとも確かなことは、僕は作家になる夢を持っていたわけではない、という点だ。夢にも思わなかった。

だから、作家になれたことを少しも嬉しく思っていない。これは、僕の夢を実現するための単なる一手段だったのである。

夢の基本は「作る」こと。

本書は、森さんなりの「夢」の解釈について、かなり抽象的に語られていきます。まずは、多くの一般人が持つ「夢」について実際にアンケートをとってそれらを分析したり、その分析をもとにした抽象的な議論が続きます。

このように考えてくると、自分の夢の中に他者が介入している場合が多いことが理解できるだろう。勝負、競争、といった直接的な場合はもちろんだが、他者に認められて初めて実現する夢を思い描く人が実に多い。ここが非常に重要な点である。

つまり、自分の夢なのに実は他者との関係が入り込み、むしろそちらが主になっているのだ。自分が楽しめば良い、と述べた趣味的な夢でさえも、思い描いているビジョンには、他者から受ける評価を期待している、褒められて喜ぶ自分がいる。

他には、

  • 「夢」は、本質的に自分を楽しませるものだということ。
  • 「夢」は他人を巻き込まず、自分一人で楽しむべきものだということ。
  • 多くの人は「見たい夢」と「見せたい夢」を混同してしまっている。だから、「いいね」で満足してしまう。

など、これまで考えもしなかった(夢にも思わなかった)、「夢」についての考えが記されているので、このあたりが気になる人はぜひ買って読んでみてください。

なかでも僕が最もインパクトを受け、おそらく今後死ぬまで引きずるであろうと思ったポイントがあります。それは、「夢の基本は、『作る』こと」という指摘です。

夢の基本は、「作る」ことである。これまでに述べてきた「夢を自分で構築する」という抽象的な意味ではなく、ここでは、もっとそのものずばり、なにか材料を使って形のあるものを作ることについて書こう。

考えて自分で見つけろ、と書いてきたが、それだけでは何をどう考えれば良いのかわからない、という人が多数だと思う。まずは一番見つけやすく、自分なりの工夫がしやすい手法として、「作る」という行動がある。手っ取り早いやり方なので、おすすめしたい。

最近、仕事以外の自由な時間を無為に過ごしているような感覚があって、「もどかしい」というかそういう感覚に陥ることがあったのですが、これではっきりと判明しました。自分は何も作っちゃいない。そう、明確なビジョンにもとづく「夢」がなくて、それに 日々一歩一歩近づくということを行ってなかったんです。

もちろん、会社で事業を大きくしよう、事業をつくろうというのは、明確にある「目標」です。それは、使命であり達成しなければいけないことですが、「夢」とは少し違います。微妙なニュアンスの違いなんですが、明らかに違うんです。会社で達成すべきことと、僕個人が成したいことは分けて考えるべきで、その前提に立っています。だって、「おもちゃで遊びたい」なんて、事業になりえないですからね。

焦ることではない。見つけよう、探してみよう、と思うだけで、人生は変わるし、楽しさの一部を前倒しで感じることができる。探していれば、必ず見つけられる。誰もが自分を感じることができるのだから、探せないということは絶対にない。

沢山のものに興味を示し、前向きに考え、先入観で毛嫌いせず、少しでもできそうだったらチャレンジしてみる。駄目でも、誰かに叱られるようなものではない。失敗しても、意外に楽しい。ちょっとした手掛かりを見つけるだけで、エキサイティングだ。よくできたゲームではないか、と思えるほど面白い。今の生活で抱えているストレスは、きっと緩和されるだろう。上手くすれば、綺麗に消えてしまうかもしれない。

これを読んで、ちょっと救われた気分になりました。モヤモヤしていたことの解決策が見つかったおかげで、次のアクションに移りやすくなります。

「夢を持つこと」がどんどん難しくなってきている時代。

森さんは、「小さな成功で満足してしまうこと」が夢を叶える大きな障害になると指摘します。

さほど凄くないことでも、不特定多数に伝わる。さらに、意図するものとは別の切っ掛けで不特定多数に知られることもある。発信する人は、そうなる可能性を知っている。その可能性を前提として発言するし、そこでは、「みんなから注目される自分」を簡単に想像できるだろう。

こうしたネットでの発信は、とにかく短絡的となりやすい。成功といっても、日々の日常の範囲内であって、せいぜいその日一日の成果になりがちだ。

だからこそ、「じっと1人で向き合って、作る。そしてそれを1人で楽しむ」ことが最も重要になってきます。ただし、「夢のため」とはいえそれを実行できるのはかなり難しい。ゆえに、夢をかなえることは容易なことではないんですね。こつこつとじっくり、ときには数十年かけてやっと達成できるくらいの夢は、それくらい叶えるのが難しいことなんだと思います。

この本を読んで、まずは「自分はなにを作りたいのか(どんな夢を叶えたいのか)」ということを自問自答していこうと思います。おそらく、それは今となってはすごく難しいことでしょう。子供の頃なら、純粋に「やりたいこと」が芽生えてきますが、大人になるにつれ、いろんな情報を知り(雑念とも言える)、余計に「考える」ということができてしまうからです。

けれど、そうしたことは一切無視し、「作りたいもの」にじっくり向き合ってみようと思います。数日、数週間、そんなスパンでは見つからないかもしれません。それでも、何に対しても前向きに「とりあえずトライしてみる」という姿勢をつくることが、どんな夢をも叶える0.5歩目になると考えています。だから、とりあえずインドカレーを作ってみるし、海釣りをするし、レザークラフトをやってみたいと思います。

 

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